【ボートレース】地元で絶対的存在 今村豊さん引退

徳山と下関で無類の強さを誇った今村さん(9月徳山で)

下関ではGⅠ8勝

 このほど今村豊さんが引退を発表した。今村さんは下関と徳山で無類の強さを発揮した。特に下関では通算37回の優勝を飾った。このうちGⅠが8回、GⅡが1回。2002年の中国地区選手権では完全Vを果たした。残念ながら地元でSGを優勝することは出来なかった。05年のSG「グランドチャンピオン」ではメニエール病でレース後担架で医務室まで運ばれる場面も。激しいめまいと吐き気。走れる状態ではなかったが、優出(優勝戦3着)した。「下関で賞金王(グランプリ)をやってくれたら」と話したこともある。下関には絶対の自信を持っていた。

記憶に刻まれる徳山周年大逆転V

 徳山では2004年のGⅠ「第51回徳山クラウン争奪戦」が圧巻だった。今村は1号艇で人気を集めた。今村の優勝を確信、予定原稿を書いていたが、3号艇の寺田祥に攻略され万事休すと思われた。そこからの追い上げがすごかった。道中で寺田を逆転して優勝を飾ったのだ。一瞬没になったと思ったヒーロー原稿が無駄にならなかったことを昨日のことのように思い出す。

22場でGⅠ以上優勝

 また今村さんは22場でSGまたはGⅠといった記念レースで優勝している。住之江と芦屋では記念のタイトルを手にすることが出来なかった。40代は「24場記念制覇」を目標にしていた。それが年を重ねるごとに力が衰え、最近は「たまにいいことがあれば」と話していた。今村さんは73歳まで現役で走った加藤峻二さんを尊敬していた。「自分より先輩の選手が辞めるのは寂しい。自分は出来るだけ長く走る」と話していたが、選手仲間には以前から引退をほのめかしていた。区切りのようなものを探していたようだ。だが、突然の引退発表には正直驚かされた。選手生活の晩年には足を負傷。その影響で今村にしては珍しくターンミスをすることがしばしば見受けられた。「どうしても(痛む足を)かばうような乗り方になってしまう」と力なく話したことも。

 私生活ではゴルフの腕前はプロ並みで、スキーもかなりの上級者。ソフトバンクなどプロ野球選手とも交流があり、誰からも愛される人柄だった。

 もう今村さんの走りを見ることは出来ない。残念で仕方がないが、まずはゆっくり休んでもらいたい。(尾本 恭健)

(2020/10/14紙面掲載)

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