旅ゴコロ~長崎県~

(2018/4/12掲載)

潜伏キリシタンゆかりの地を訪ねて

長崎・佐世保 黒島

 7月の世界文化遺産登録を目指す「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。12の構成遺産の一つに「黒島の集落」がある。同島は長崎県の九十九島の中で最も大きな島で、佐世保市の相浦港からフェリーで約50分の所にある。潜伏キリシタンたちはこの島で、約250年にわたる宗教弾圧に耐え、信仰を守り継いだ。祈りに満ちた島に渡った。 (加藤 博之)

黒島天主堂
西洋と東洋の建築技術が融合した黒島天主堂。基礎には黒島特産の御影石が使われている

当時の思い伝える「黒島天主堂」

 その問いは、島を旅をしている間、ずっと頭の片隅にあった。なぜ潜伏キリシタンは250年という長い間、信仰を守り続けることが出来たのだろう。彼らの心を支え続けたものは、何だったのか。向かったのは「黒島天主堂」。禁教令が解かれた後、フランス人のマルマン神父の指導で1902年(明治35年)に建てられた。

 

 そのレンガ造りの建物は、港から約1・5キロの所にある。扉を開け中に入ると、高ぶっていた気持ちが、不思議と静まっていくような気がした。祭壇の床には有田焼が使われ、見上げると見事なコウモリ天井があった。ステンドグラスから差し込む光が、荘厳な雰囲気を生み出している。

 

黒島天主堂
ガイドを務めてくれた大村さん。島を巡りながら、信仰を守り抜いた潜伏キリシタンに思いをはせた

250年守り継いだ「祈り」今も

 今回案内してくれたのは、黒島観光協会の大村正義さん(78)。島の観光ガイドを長く務めている。大村さんは潜伏キリシタンの子孫で、祖父は勤労奉仕で黒島天主堂の建設に携わった。「私はおじいちゃん子で、小さい頃から信仰を守ったらお恵みが返ってくると教えられてきました」と話してくれた。

 

 黒島には今でも多くのカトリック教徒が暮らしている。江戸幕府による禁教令が全国にしかれたのは1614年。その後、島外から潜伏キリシタンが移住してきて、表向きは仏教徒として振る舞いつつ、観音菩薩像を聖母マリア像に見立て、ひそかに祈りをささげていたという。

 

 島を訪れた日は快晴で、「マリア観音」を安置していた興禅寺からは、青い海が見渡せた。潜伏キリシタンのことを思った。晴れの日も雨の日も、この景色を見ただろうか。そこには、漁をして、野菜を作り、泣き、笑う、今を生きる僕らと同じような日常があったのだろう。そして、彼らはどんなことがあっても信仰だけは捨てなかった。

 

 結局、問いの答えを見つけることは、出来なかった。ただ大村さんの言葉の中に、強く印象に残るものがあった。「(信仰は)心の支えだったのだと思います。私たちも教会に入るだけで心が落ち着いて、やすらぎますから」。大村さん夫妻は今も毎日、午前5時50分から黒島天主堂で行われる「ミサ」に通い続けている。

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