【この人キラリ】キリンビール・黒杭隆政さん 知識 情熱 経験 すべてを「おいしい」に注ぎ込む

キリンビール福岡工場 副工場長・黒杭隆政さん

 ビールが好きだ。のどごし、味わい。特に、一日の疲れを癒やしてくれる、風呂上がりの一杯は格別だ。そんな誰もが愛してやまないビールの世界に魅せられた人がいる。キリンビール福岡工場の黒杭隆政さん(51)は、ドイツの大学で本格的にビールづくりを学んだ、日本でも数少ないブラウマイスターの一人。一つの商品を生むために、たくさんの技術者が知恵を絞り、意見を交わし、何度も試験醸造を繰り返す。「おいしい、という反響が一番うれしいですね」。たかがビール、されどビール。今夜の一杯は、つくり手の「思い」を感じながら、味わってみては--。(加藤 博之)

日本でも数少ないブラウマイスターの黒杭さん。「毎日の仕事終わりのビールが楽しみ」と話す

2003年本場ドイツ留学

 17年前に感じた思いが、今も原点にある。「キリンビールのものづくりへのこだわりを再確認出来たんです」。黒杭さんがビールの母国・ドイツに留学したのは2003年、34歳の時。結婚したばかりの妻も一緒だった。本場でビールづくりを学ぶのは、かねてからの夢。身震いするような高揚感とともに海を渡った。

 ベルリン工科大ビール醸造研究所には、ビールに魅せられた人々が世界中から集う。ベルリンの壁崩壊から10年余りたった街には、東欧やトルコ、ベトナムからの移民があふれ、多種多様な文化が混在していた。数百年つづく醸造場が点在、人々の生活の中にビールが根ざしており、学ぶには最高の環境だった。

 ビール醸造学の世界的権威・バッカーバウアー教授の授業は、純粋に楽しかった。ここには最先端の技術が集約されていた。分子レベルからその成り立ちについて学び、原料となる麦芽やホップについての理解を深めた。実験を重ね、いかに素材の味を引き出せるかを追求した。

 何より刺激になったのは、出会った人々だ。誰もが生き生きとした表情で、“庶民の味”を真剣に突き詰めていた。学び、感じ、触れ合う中で思った。「品質にこだわり、おいしいものを追求する。通底する思いは、みんな同じなんだな」と。

ビールの母国・ドイツで貴重な出会いがあった

ブラウマイスター取得

 そんな風にして、黒杭さんはさらに深くビールの世界に分け入っていく。試験に合格し、ブラウマイスターの資格を得た後も、もう1年、研究所に残る決断をした。語学学校に通い、ドイツで長男も生まれた。ドレスデンの製麦工場へも足を運んだ。農家の人々とジョッキを傾けながら語らい、先達が連綿と積み重ねてきた伝統に思いをはせた。充実した2年間は、あっと言う間に過ぎていった。

 帰国後は、ドイツでの経験を、担当した商品に注ぎ込む。監修した「キリン一番搾りプレミアム」はその代表格。ギフトなどによく使われるおなじみの味で、今も不動の人気を誇っている。他にも、多くのヒット商品の開発にかかわった。

黒杭さんが監修した「キリン一番搾りプレミアム」

原料の良さを引き出す

 ビールづくりの醍醐味は、イメージする味を求め、磨きをかけていくところにある。原料は、麦芽、ホップ、水、酵母の4つ。シンプルだが、その品種は多種多様だ。その中から少しずつ組み合わせや温度など条件を変え、何千回というテストを繰り返し、素材がお互いの良さを最も引き出せるバランスを探っていく。そこが面白さであり、難しさだ。

 「ビール醸造家は、原料のポテンシャルを最大限に引き出すのが仕事です」。淡々とした口調だったが、短い言葉の中に、プロとしての自負がにじんだ。

 ビールは、いつだって人生の楽しいシーンを彩ってくれる。「飲むのも楽しいし、つくるのも楽しい。楽しんでいないと、おいしいものは出来ないですからね」。キリリと冷えた、琥珀色の小宇宙には、つくり手の「ワクワク」が、ぎっしりと詰まっている。


ブラウマイスター ドイツには、ビール以外にも洋菓子や靴職人など様々な分野のマイスター制度がある。ブラウマイスターは、ビール醸造責任者の資格を持っている人の称号。本場の専門知識を学ぼうと、ベルリン工科大やミュンヘン工科大には世界中から技術者が集まってくる。


◆黒杭 隆政(くろくい・たかまさ) 1969年、福岡市生まれ。発酵の面白さに出会ったのは、九州大農学部の時。「酪農家か何かになりたくて。ビールづくりをする気はなかったんです」。それでもいつしか酵母の魅力に、はまっていた。就職試験を受けたのは業界ではキリンビールのみ。「ずっと親が飲んでいたから」というのが理由だ。19年3月、福岡工場へ赴任。「世界一の九州をつくろう。」というスローガンの元、九州産の原料を生かしたビールづくりに取り組んでいる。趣味はサイクリングと城めぐり。妻と一男。

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